第2章 Jericle Ball-饗宴

広場に着くと、仔猫たちが、俺らを待っていた。

向こうの方から、「マンカストラップのおにいちゃあん」と、
シラバブの声がした。真っ白な毛糸の塊が転がるようにこっちへかけてくる。
アドメトスが、その後ろからはぁはぁ言いながら走ってくる。
やつめ、相当わがままを言われたに違いない。かわいそうに。

―タガーにいちゃんっ!

と、シラバブに飛びつかれ、さすがの俺もよろける。
しかし、なんでマンカスは「おにいちゃん」で、俺は「にいちゃん」なんだ。

―にいちゃん、にいちゃん、ねぇ、あたし、ジェリクル・キャッツになれるかな、なれるかなぁ

…こんな小さなガキでも、ジェリクル・キャッツになりたいのか。
みんな、そんなに天上世界ってやつに行きたいのかね。

―まだ早ぇよ。お前は。

明らかにぶーたれるシラバブの頭に軽く手を置いてやって、

―もちっと、俺たちと遊んでからでも、遅くないだろう。あん?
    どきな、俺はまだ仕事があるんだ。

軽くいなして、仕度に取り掛かる。大したことではないが、ここら辺の猫が全部集まるのだ。
そろそろ、ばらばらと猫たちが集まり始めている。1年ぶりに見る顔もある。
毎年のことで慣れているとは言え、今年は多少わけが違う。
少しでも見通しの障害物になるものは、取り除いておきたい。
いつもより念入りに、自分の場所からの見晴らしをチェックする。
こんな街角の空き地じゃ無理だろうが、できれば向こう50メートルくらい見えれば安心するのだが。

これは、俺とマンカス、オールド・デュー、そしてボンバルリーナしか知らない。
アドメトスすら、知らされていない。
そんなことをしたら、一気に全員がパニクることは火を見るより明らかだ。

―タガー。

下から、遠慮がちな声が聞こえる。
見下ろすと、アドメトスが、見上げていた。
…ったく。2番目(セカンド)だってのに、こいつにはまったくその気配が感じられない。
身体だけは、マンカス並にでかい。要するに、俺よりでかいのだが。
…こんなんだから、猫たちが不安でついてこれないんだ。と、心の中で舌打ちをする。

―おう。何だ。何かあったか。

―アスパラガスのじいさんが…少し、遅れる、って言っているのだけれどもどうしたらいいでしょう。

―…ガスか。毎度のことだ。ジェリーロラムを迎えにやってやれ、そうすれば嫌でも腰を上げる。
    つぅか、俺に聞くな。聞くんだったら、マンカスに聞け。それかてめえの頭で考えろ。
    お前セカンドだろうが。

どやされて、やつはすっ飛んでいった。…最初からなんで俺に聞くんだ。
ったく、どいつもこいつも。
ジェリクル・ボールだってだけでいらつくのに。

―ああららん。タガーのにいちゃんってば。ジェリクル・キャッツになれないよぉ。

きゃらきゃらと笑いながら、エトセトラが俺のいるところまで上がってきた。
こいつはやっと2歳半。今回は3回目のジェリクル・ボールだ。
三毛の別嬪で、今から成猫になるのが楽しみだ。
明るくて、元気の良い、おてんば娘だが運動神経が抜群に良い。
いたずらの才能もあって、ディミータとボンバルがしょっちゅう手を焼いているという。

―かまわねえよ。どうせ俺はなれないからな。どこぞのリーダーみたいに立派じゃないからな。

―そしたら、明日色々探検に連れてってもらえるのねっ?

―さぁしらねぇなぁ。ほれ、降りた降りた。俺はまだ忙しいんだよ。

と、エトセトラのうなじを咥えてひょい、と持ち上げ、ぽんっと下に放ると、
彼女はくるり、と1回転してすとん、と降り立った。
それを見ていたミストフォリーズが、思わず拍手をする。
今日は久々にあいつの手品が見られるな。

視界の端に、赤毛が入った。案の定ボンバルリーナが彼女と連れ立ってやってきたのだった。
やつは、俺がここにいることを知っていながらちらりともしない。
惚れ惚れするほどにその赤毛を磨き上げ、ひとすじひとすじの毛が、
しゃきしゃき音のする絹の布のように光沢を持っている。
今日がジェリクル・ボールだから余計に手入れをしていることもあるのだろうが。
こんな時だからこそ、やつに目が行ってしまう。
もし、彼女がジェリクル・キャッツに選ばれたら、俺は喜ばなければならないのだろうか。

ディミータが俺の目線に気付いて、ボンバルに何か囁いたが、
やつはよけいにつん、としている。
ちょっと戸惑ったディミータがこちらを向いて、代わりでもないのだろうが
少し困ったような笑顔を浮かべてくる。
…彼女は俺が多少苦手らしい。分からんでもないが。
正直で、誠実なマンカスと俺みたいな天邪鬼がどうして仲がいいのか分からないのだろう。
…俺だって知らないさ。

場所を確保すると、俺はゆっくり辺りを見回した。
ひとりひとりの顔を見ながら、全員集まっているかどうかを確かめる。
マンゴージェリーとランペルティーザはいつも途中から来るから気にしなくてもいいだろう。
ビルベイリーとカーバッケティは…どっちが年上だかわからんくらいにじゃれている。
…雌仔猫の1年差と雄仔猫の1年差は…大分違うな。
後は、アスパラガスのじいさんと、奴さんを呼びに行ったグリドルボーンだけだ。
マンカスはデュートロノミーのじいさんと話したり、集まってくる猫たちに声をかけたりしている。

―タガーのにいちゃん!

下を向くとエトセトラがそわそわしている。

―なんだ。

―上がってもいい?ちょっとだけ。お邪魔しないから。

この子はひどくカンがいい。
俺が面倒がってここにいると思い込んでいるやつが多い中で
この子は、俺がここでいわゆるセキュリティのようなことをしているということを
きちんと知っていて、きちんとお見通しなのだ。

―おう。

承諾の返事をすると、ひょい、ひょい、ひょい、と上がってくる。

―にいちゃん、リーナのねえちゃん機嫌悪いよ。にいちゃんなんかした?
   今日はとってもご機嫌斜めよ。ぴりぴり。
   ディミータのおねえちゃんとお話してる時そうでもないの。だけれど。

…カンが良すぎるのも考え物かもしれない。

―いや、まぁ喧嘩したからな。毎年のことだろ。
   ディミータといると、忘れるんじゃないか。大丈夫だ、心配するな。

―そう?ならいいんだけれど。ねぇにいちゃん、なんかしてあげる?
   おねえちゃんにメッセージ?

2歳半、ということでまだ時折文章が完結されない辺りがかわいらしくて笑えるところでもある。
しかし、一生懸命仲を取り持とうとする辺り、ませてるというところだな。

―そうだな、じゃぁ、なんとかしてリーナのねえちゃんを連れてこられるかい。
   俺がここを離れられないのは、エトセトラはきっと知ってるよな。

―うん。知ってる。頑張って連れてくるね!

エトセトラは言うが早いかひと蹴りして降りていった。
…俺は、なんでジェリクル・ボールが嫌いなのか、マンカスはおろかボンバルリーナにすら話したことがない。
だから、彼女はなぜ俺が毎年この日になるとこうなるのか、知らない。

向こうの方で、エトセトラが一生懸命リーナを説得しているのが見える。
そばからディミータもけしかけているようだ。…来るだろうか。

ディミータにまでけしかけられてどうにもこうにも行かなくなったのか、ようやく腰を上げてやってきた。

―何よ。

―降りていかれないから、上がってきてくれ。悪いが。

「悪いが」という言葉に多少驚いた顔をしたボンバルリーナは、ゆっくりと上がってくる。
その身体のつやが身体がしなる度に色々な方向に輝く。

―何。

―悪かった。だから、もう機嫌を直してくれ。俺がこの日が好きじゃないってことくらい分かってるだろう。

―だからって人の身づくろいの邪魔をする権利はないわ。
   そのせいで、選ばれなかったらどうするのよ。

俺には次に言うべきことばがない。本当の本音をここで言うことができない。

―…すまなかった。言い訳じみているかも知れねぇな。
    でも念入りになんてしなくても、どんな風でも、お前に敵うやつはいねぇよ。

あくまでこれは本音だ。

―…本当に言い訳なんだから。分かったわ。いつまでも拗ねているのも大人気ないものね。
     今日は許してあげる。そうでないと、ジェリクルになったら後悔するものね、きっと。

冗談めかして言うのだが、俺には冗談には聞こえない。
んなもん、なる必要ねぇよ、と言いたいところをぐっとこらえて
そのままそっと首筋の毛並みを舐めて、整えてやる。

―言い訳じゃねぇよ。
    …それと。大丈夫だから、そんなにぴりぴりするな、きっと大丈夫だ。
    俺も、マンカスも、きっちり周りを見てる。何があってもお前たちを守る。
    ディミータに、ついてやっていてくれ。仔猫たちのそばに、いてやってくれ。
    俺にはできないから。

柄にもない素直な俺の言葉に、ボンバルも表情を変える。

―分かってる。何もないことを祈るわ。あんたを信じてるから。

そう言って、とびっきりの笑顔で笑ったボンバルリーナは、
そっとキスをして、軽くウィンクをしたかと思うと、ひらり、と身を翻して降りていってしまった。

これで後悔せずにすむ、か。とひとりごち、ぐるりと周囲を見渡すと、
ようやくジェリーロラムに伴われてアスパラガスのじいさんがやってくるのが見えた。
さて。後2匹は放っておいて、これで勢ぞろい、というわけだ。
…この界隈で、「認められている」猫たちは、な。

マンカストラップに目をやると、やつはガスのじいさんを迎えに走っている。
エトセトラがこちらを向いてぱちん、とウィンクをしてみせる「よかったね、にいちゃん」
と言う顔をしている。
アドメトスはマンカストラップのじいさんを手伝いながら、右往左往している。
ジェニエニドッツは相変わらず掃除用具を持ったまま来ているし、
スキャンブルシャンクスは一張羅らしいベストを着て、懐中時計を持っている。
ミストフォリーズはそんなスキャンブルと何か話し込んでいる。
カッサンドラは相変わらずエレガントで雌仔猫たちの賞賛を浴びている。
コリコパットとタントミールの双子たちは俺には相変わらずどっちがどっちだか区別がつかん。
毛並みの特徴くらいあってよさそうなものなのだが、ない。

ガスが会場にやってきた。
マンカスと目が合う。「さぁ、始まるぞ」というかのように、
やつの目がきらきらしている。その奥に緊張を隠して。

ゆっくりと全員が揃ったところで、マンカストラップが立ち上がった。

―ジェリクル・キャッツを選ぶ日が来た。今日今宵、このジェリクル・ムーンの日に。


       


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理