第1章 Jericle Cats are...


世界中の猫たちが、この夜を待ち望んでいる。
世界中の猫たちの中から、ジェリクル・キャッツが選ばれるからだ。
どんな猫だっていいんだ。飼い猫だろうが野良猫だろうが。

まぁ…生まれた時から飼われている猫は知らんかもしれんが、
そんなこと、俺の知ったこっちゃない。俺は「飼われた」ことはない。
利用したことは、あるがな。
どっちにしろ俺の知る限り、猫は生まれた時から、この夜のことを知っている。

この界隈の猫たちも、この夜が来ると長老のオールド・デュートロノミーのじいさんが
今夜こそはこの界隈からジェリクル・キャッツが出る、と言うんじゃないかと集まってくる。
オールド・デュー、今日は?今回は?仔猫たちがにゃあにゃあと、
じいさんの膝元にまつわりついて、一生懸命に尋ねるが、
そりゃあじいさんだって無理ってもんだ。
「天啓」がなきゃ、いくらじいさんだって、分かるはずがない。
まぁもっとも、じいさんも、その「天上世界」への門の鍵を開ける力を持っているが。

が、待てよ。

ってことは、じいさんはジェリクルになることはないってことか。
そんなことはないだろう。
「すべての猫が」ジェリクル・キャッツになる資格を持っているんだから。
とすると、俺たちの中から誰かが、鍵を開ける人間に、じいさんの代わりになるってわけか。

ま、俺じゃねぇな。

ジェリクル・キャッツ。

見たことがないから、知らん。が、白くて、黒くて、小さくて、大きくて、光のようで、闇に溶け込み、
知恵に富んでいて、とんちがきいて、繊細で、大胆で、
といわれている。

…よくわかんねえな。まあ、なんでもありってことだろう。

今朝、ボンバルリーナが、やけに身づくろいに時間をかけていた。
今日だけ頑張ったところで、意味ないだろうが、と言いかけて、やめた。
あの赤毛は、この界隈でもかなり珍しいと思うが、恐らく世界中でもそうそういないだろう。
やつはジェリクル・キャッツになりたいのだろうか。
複雑になったので、いつもだったら手伝ってやるところだったのだが、
軽く逆立ててやると、あいつは飛び上がって怒って、フックを食らわせてきた。
ま、予想できてたし、怪我はしなかったがいや、おもったより速かった。
後で機嫌をとればいいことだ。

あいつが、今日、選ばれなかったら、な。

ジェリクル・キャッツを選ぶ基準はまったく不明だ。
だからこそ、誰もがチャンスを待っている。
誰もが自分を売り込もうと必死になる。
俺はいつだって売り込まなくても目立つから手間が省けていい。

ジェリクル・ボールが始まる前に、アメショーのマンカス・トラップに出会った。
アメショーのくせに、黒虎の俺よりやけにでかい。

「タガー!」と声をかけてくる。やつは、子どもの頃につけられた首輪を未だにしている。
おぼっちゃんのくせに野良猫とは、やつも分からんが。
「おう。なんかあったか」と近寄る。この辺一体のリーダーという、
じんましんが出るような役割は、この男でなければ果たせまい。

―いや、特に。シラバブが今日だ今日だと、大騒ぎして言うことを聞かなくてな。

―シラバブが。あいつにとっては初めてのジェリクル・ボールか。楽しみでしょうがないんだろう。

―まぁ、なぁ。アドメトスに手伝わせて一生懸命毛づくろいしていたさ、朝から。

―…女はどうして、そうなんだろうなぁ。ガキでも。

―言うなよ、お前だって、いっつもその自慢の黒虎の手入れは怠らない、
   そうボンバルリーナから聞いているぞ。

―…そして、どうしてそう、ひとこと多いのかね。女ってやつは。

―おいおいおい。ああ、そういえば彼女がさっき、すごい勢いでうちに来たぞ。
    男は邪魔だ、と追い出されたが。何かあったのか、それこそ。
    気付いていないらしいが、お前、頬に傷がついてるぞ。

―痒いと思ってたんだよ。…あいつめ…俺の顔に傷をつけてくれて。
    …男をひと括りにするあたりも、女というやつは、度量が狭いんだよ。

―タガー、お前、ほんっとに……

声に微笑を含ませて、やつは苦笑する。
やれやれ、ボンバルがどんな形相でやつのところに押しかけたのか、
見なくても見たかのように想像がつくさ。
マンカスでなくても、俺がなにかやらかしたことくらい、容易に想像がつくだろう。

マンカスの相棒さんのディミータは、これまたおとなしい…というわけではないが、
まぁ、似合いの相手だ。ボンバルとは気が合うらしく、よく一緒にいる。
大方、彼女に愚痴りに言ったのだろう、気の毒なことだ。
ふたりとも俺とマンカスと同じようにほとんど共通点がないのだが。
彼女はまぁ色々あって、大変なところをこの界隈に運良く行き倒れて
マンカスに見つけられた。
ボンバルリーナが何くれとなく世話を焼き、マンカスのところで手当てをしているうちに
どうもそういうことになったらしい。
彼女にとっても、この界隈で迎える初めてのジェリクル・ボールだ。

―タガー、そろそろ行かないか。そろそろ月の出だ。

―あぁ、行ってくれ行ってくれ。俺は行かねぇよ、今日は。リーナが怖いんでね。

―ばかを言うな。俺一人であれだけの猫をまとめろって言うのか。

―いや、その手には乗らん。お前はいつも普通にそれをやってのけてるだろう。

―ボンバルリーナなら、いつもなんだかんだ言って結局何とかなってるじゃないか。
   最後は目のやり場に困るほどべたべたなくせに

―…うるせぇよ

―タガー。今日は、来てもらわないと困るんだ。彼女がいる。何があるか分からん。
   …最後まで言わせるな、分かってるだろう。俺一人で何かあったら、対処しきれないかもしれない。
   お前がいないと、俺の代わりを誰ができる。アドメトスには、まだ荷が重い。
   今年生まれの仔猫は、最近で一番数が多い。拾った仔猫もいる。
   何かあったら、お前がいてくれないと困るんだ。

俺としたことが。そうだ。今年は少し気を張ってなければいけないのをすっかり忘れていた。

―悪ぃ。すっかり忘れてた。悪かったな。お前より幾分か気楽な身分なもんでな。
    ま、何もねえし、どうにもさせねぇよ。
    …さて、行こうぜ。エトセトラと遊んでやる約束をしたのをすっかり忘れてた。
    あの子はべっぴんさんになるぜ。将来が楽しみだ。今から手なずけておくか。

先立って歩き始めると、後ろからマンカスがほっとしたのか呆れているのか、
ひといきつくのが聞こえる。
やつにとっても、今日は正念場だ。

―…お前ってやつはほんっとに…ボンバルリーナに同情するよ。

…ああ、呆れてたのか。そのくらいの方が俺としても、助かるがな。
す…っとやつが俺と肩を並べて歩き出す。

夜の闇が、少しずつ降り始める。街角に、草むらに…
そして、ジェリクル・ボールが、始まろうとしている。

       


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