ーなしとげられたー

焼き尽くされた愛のいけにえ

21日。今までにないほどの吐き気にラウラはご聖体をいただけないことを案じて、
学友たちに祈りを願っていた。
その祈りが届いたのか、ラウラの嘔吐は夜おさまり、翌22日、朝5時。
ラウラにとって最後のものとなる聖体拝領を受けることができた。
…が、収まったのはその一時で、時間が経つにつれ、その病状は悪化の一途をたどる。
「準備を…しよう…」クリスタネッロ神父の後を引き継いだジュンギーニ神父はそう決めた。

「ラウラ。病者の塗油を、受けたいかい?」ついに、神父はそう尋ねた。
病者の塗油。それは、キリスト者の7つの秘蹟のひとつであり、人生を終わるにあたり、
その命をすべて主にゆだね、安らかにすべてを委託する、そのための秘蹟であり、
臨終にあたり、その人の心を改めて強めるためのものである。
ラウラは今自分の死を見つめ、その秘蹟を幼いその身に受けるー

その午後。何人もの見舞い客を見送る母を見つめながらラウラは考えていた。
ー神様は私の祈りを聞き入れてくださった。私を受け入れ、私の命を取ってくださる。
 では…ママは?ママの救いは、いつ実現されるのかしら…。私が死んでから?
でも…この目で見たい。ママが、神様に戻るところを。神様のところに戻ると約束してくれることを。
神様、それは無理なお願いなのですか…?−
その時、振り返ったメルセデスと、ラウラの目が合った。
優しく愛情深く自分を見つめる母の目。もう1度だけ聞いてみよう。
ラウラの心に、突然啓示のようにその考えがひらめいた。
「ママ、お話したいことがあるの。逝ってしまう前に。」
メルセデスは慌てた。そんなことを言われては、涙がこぼれてしまいそうだった。
「ラウラ…そんなこと、言わないで頂戴。お話ならいつでも聞くから、
今はゆっくり休んでちょうだい。ね、死ぬなんて言わないで、休みなさい。」
メルセデスにも、ラウラの衰弱ぶりは分かっていたし、死期が近いことも、分かっていた。
けれど、今はそんなことを見たくなかった…。
「でもママ。大事なことなのよ。今、話しておきたいの。お願い。」
ラウラはそれでも食い下がった。ママと話したい。今。今でなければだめなの…。
メルセデスは、そのラウラの真剣さに折れた。
「じゃぁ聞きましょう、なあに?」
ラウラは、ほっとした。そして…ゆっくりと愛するママをみつめる…
「その前に…約束して。お願いがあるの。」
何だろうか、と首をかしげるメルセデスに、ラウラは大きく息を吸って一気に言った。
「ママ。モーラと別れてほしいの。別れるって約束して。そしたら、話すことがあるの。お願い!」
メルセデスは答えられなかった。涙があふれ、ラウラを見られなかった。
「ママ!お願い!約束して!」
ラウラはなおもメルセデスにたたみかける。お願い…お願い…。ママ、ああ、神様…。
メルセデスはその娘の声を背中で聞きながらゆっくりと心を堅く決めた。
そして振り返り、ラウラの目を見つめて、こう、言ったのだ。

「分かったわ。ラウラ。約束します。モーラとは、別れましょう。」

あぁ!神様!ありがとうございます!
ラウラは喜びで興奮し、どこにそんな力が残っていたのかベッドに起き上がって叫んだ。
「ジュンギーニ神父様!神父様!いらしてください!すぐに!!」
神父は慌ててラウラの部屋に駆け込んだ「どうしたんだい?ラウラ。」
ラウラは咳き込むように叫んだ「ママが、ママが、モーラと別れると約束してくれました!
神父様、証人になってくださいますよね、お願い!」
ジュンギーニ神父は驚いてメルセデスを見た。
「本当です。今、ラウラに…約束しました。」そう言うと、メルセデスは泣き出し、出て行った。
残されたジュンギーニ神父に、ラウラはこれですべて終わったと、自分の病気について語った。
「…神様に私をおささげしたんです。その代わりに母を救ってください、と…」
ーなんと…そんなことが…おお主よ…それではラウラは…ラウラは命を賭けて…−
ジュンギーニ神父は驚きで何もいえなくなり、部屋の中をぐるぐると歩き回った。
ようやく気を取り戻して帰って来たメルセデスは、安らかな思いで目を閉じるラウラに走り寄った。
「おおラウラ、お願いよ、私をおいていかないでちょうだい…あなたが必要なのよ!ラウラ!」
ラウラはゆっくりと目を開いて、愛するママを見つめた。
「ママ、でもだめなの。神様にお約束したのですもの。私の命を差し上げますって。
代わりのお恵みをお願いして。…そのお願いが聞き届けられたのだもの。いかなくちゃ…」
メルセデスは、そのお恵み、というのが分からない風だった。「お恵み?」
ラウラは、微笑んで、口を開いた。

ママが、神様の元に帰ってくるように…モーラと別れて…

メルセデスは恐怖に打ち震えた。「おお…そんな…そんなこと…」
私はなんと言うことを…なんと言うことをしたのだ。私は娘の命を、己の罪の犠牲にした…
「本当ではないといってちょうだい、ラウラ。嘘でしょう?」真実であることは分かっていた。
ラウラの目が、それを語っていた。
「クリスタネッロ神父様に全部お話したの。悲しまないで。取り乱さないで、ママ。
私は幸せなの。私の祈りは聞き届けられた。それを見られたのだもの」
あぁ…メルセデスは己の罪のあまりに大きな代償に、おののいていた。
大きなうめきと悲しみの叫びは、震えに変わり、
人々はメルセデスまで死んでしまうのではと思ったほどだった。
抱き起こされたメルセデスはラウラをすり抜けていかぬようにとでも言うかのように抱きしめ、
こういった。
「許してちょうだい…ラウラ。私は自分の娘に何をしたのだろう…許してちょうだい…。
明日の朝、ゆるしの秘蹟を受けましょう。神様の元に…戻るために!」
ラウラは、喜びに満たされた。あぁ、ついにママが、ママが神様の元に帰ってくれる…。
「ママ…!」弱り果てたその腕で、メルセデスを力いっぱい抱きしめてラウラは微笑んだ。
メルセデスもラウラも、ようやく心がひとつになれた…そう感じた。

ラウラは、枕もとの十字架を取り上げ口づけた。
「イエス様…ありがとうございます、マリア様、ありがとうございます!
あぁ今こそ、幸せにみもとに行くことができます!」

1904年1月22日 午後6時
ラウラ・デル・カルメン・ビクーニャは、神の愛の炎の燃え盛るかまどに投げ入れられ
愛のいけにえとして、天をめざし飛び立っていった。

「なしとげられた―」

ジュンギーニ神父は、十字架のキリストの言葉を引用してゆっくりと目を閉じた




翌日、死者のミサが執り行われた。
ラウラは、扶助者聖母の子供会に入会したときの服装で、純白の衣装をつけられた。
人々にはすでにラウラの病気の理由が知られていたので、
ゆるしの秘蹟を受け、ご聖体をいただくメルセデスを深い感動をもって見つめた。

それから、メルセデスはモーラの執拗な追っ手をさけて、国を離れた。
フニンに戻ってくることもあったが、人々は陰になり日向になりしてメルセデスを守った。
「あの子は私のために死んだのです。私はあの子に名誉を与えなければ」
そのメルセデスは、チリのチェルケンコにおいて、1929年生涯を閉じた。

現在ラウラの棺は、アルゼンチンのバイア・ブランカの扶助者聖母会の聖堂に移されている。
そしてその棺を覆う大理石にはこう、記されている

神のみてに抱かれて
フニンで・ロス・アンデスに咲いた聖体の花
ラウラ・ビクーニャここに眠る。
彼女の生涯は
清らかさと
自己犠牲と
子としての愛の詩であった。
わたしたちも
彼女にならって歩いて行こう

(ラウラ伝記参考文献;やなぎや けいこ著「アンデスの天使ー12歳の福者」ドン・ボスコ社 1988年)


        


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