第7章 奇跡 

ゆったりと彼は踊りながら、時折私を「信じられない」というように見つめる。
私はそれに笑いながら応えた。彼は、「待っていてくれたのか」と目で問いかける。
私は笑ってそうよ、と応える。

ひとしきり踊った後、ふと彼の目が空を彷徨った。ほぅ…と、奥のほうからため息をつく。
私は私をリードする彼を引き留めて、彼の目を見つめてどうしたの、と目で尋ねた。

―なんだかとても信じられないね。君がこうしてここにいて僕を覚えているなんて。

そう言いながら彼は腕に力を込める。

―まったく、信じられないよ。

その言葉が、私に言葉を紡がせた。

―ねぇ。あなたが来たところは、いわゆる「あの世」なのよね

彼は私の目を見てとった。そして穏やかな色を湛えて応えた

―そうだよ。「あの世」さ。

―そこでは煙草吸っても、いいの?

―死ぬことなんてないからね、大丈夫だろ。

…会話が途切れた。彼は、そっ…っと、両腕を私に回した。私の心を読み取って。
若い娘のように、私は彼の胸に顔をうずめた。鼓動が耳元で聞こえる。私が生きている証。

絞り出すように、呻くように、私は彼に尋ねた

―死ぬことは…怖かった?いえ、怖いこと?

小さい笑いが、頭の上から聞こえてきた。そして、抑えた穏やかな優しい声が耳元で聞こえる。

―少なくとも、生きることよりは、怖いことじゃないさ。

私は低く笑った。ああ、なんと彼らしい言葉だろうか。そう。この人らしい。
嬉しかった。

―役者ね

ぴたり。と足が止まる。顔を上げると彼が「心外だ」というように私を見下ろしていた。
私はその憮然とした顔を見上げる。ああ、この人はなんて素直なんだろう。

―役者って、大好きだわ

そのとたんにはじける彼の顔を見て、私はふと微笑みながら、身体を預ける
幸せだった。このまま、流れていきそうなほど幸せだった

―ねぇ。

突然私を強引に引き止めて、彼は耳元で低く笑いながら囁いた。

―あっちのことは気にならないのかい

一瞬何のことだろう、と首をひねった。その瞬間にやり、と彼が笑う。

―えっと。「身体的行為」のことかしら。

と、大仰に尋ねると

―そうさ。気にならないのかい

思わず声を上げて笑ってしまった。ああ、この人はこうやっていつまでも、
そしてこの「さいご」の瞬間さえもこうして私を幸せで満たしてくれる。

―そうね。びっくりさせてちょうだい!

と私は答えて、彼に微笑んだ。
彼に、私がどう見えているのかを、私は知らなかった。

―そのヘアピン。やっぱり君の黒髪にはぴったり似合うよ。くどいようだけれども。

耳元で彼が囁いた。


          


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