あの稽古の日からすでに数週間が過ぎた。そろそろ「ハムレット」の初日が幕を開ける。
私は、あれ以来まともにアンドリューを見ることができずにいた。
見ることができない、というのは正確ではない。正確に言えば、正視することができないのだ。
さすがにマネージャーとしての仕事に影響をきたすようなことはない。
私が彼を見られないのは、ハムレットの稽古中だけだ。
あの台詞回し。あの声音。あの威厳。そして、あの…。
思い出したとたんに眩暈がして、私は椅子にわが身を投げ出した。
―っ…!
空咳を繰り返して、ふと最近の自分のことを考えてみると、疲れても無理はない。
けれど。…自分で自分の身体はわかっているつもりだ。
ぐったりと自分を椅子に預けて私はまぶたの裏に、その人を思い描いた。
忘れようのない、そのすべてを、またひとつ、ひとつなぞっていった。
どんなに笑いにあふれていたか。どんなに明るく、温かく、喜びに満ちていたか。
そして。あの日から、あの約束だけを私は信じて、どれだけ経ったのか。
あれからどんなことがあったのか。
最近よくこうして、たゆたう時を、なぞっては自分に確かめる日々が続いている。
いつものように私の手の中で、アイリスのヘアピンがきらり、と光っている。
あれ以来私はアンドリューの部屋に行っていない。
何度か誘われたし、何度か用事もあったのだが行かずに済ませている。
…自分に、用意がなかった。
今更どうしようというのだ。今更何を確かめるというのだ。
私の頭の中には、そればかりが回っていた。
そんな私の生活の外で、月日は流れていく。
アンドリューの立ち稽古も仕上げの段階になり、よりアンドリューが磨きをかけられていく。
最後の調整に入り、色々なスタッフが出入りをし、初日が近づいて独特の雰囲気をかもし出す。
私は相変わらず「声だけ」を聞きながら、これが終わったら、マネージャーを辞めようと思っていた。
私がいなくても、もうこの子は立派にひとりでやっていける。
私がいなくても、もう大丈夫だ。
そして…これから先、私は、この子と長くはいられないだろうから。
私にとって、アンドリューとの最後の初日が迫っていた。