日常が非日常に


その日何をしたとか、何処に行ったかとか誰に会ったかとか。そういうことは全く憶えていないのですが
あの日の夕方以降のことははっきり憶えています。

いつものように夕方6時のミサに与ってから、1時間かけていつもの道を部屋へ向かっていました。
まだ日も高く、外も明るく、普段と変わらないように思われたのですが、
もしかしたら私があまり気に留めていなかったからかもしれません。
でもそのくらい、変化がないように見えたのです。
それが「ああ、何かあったんだな」と気付かされたのが、いつも通るスポーツパブの横を通りかかった時でした。
「スポーツパブ」というのは、サッカー観戦のために大きなスクリーンがあるパブのことで
シーズンになると人々がそこに毎日のように集まってサッカー(フットボール)を見るのです。
その日。試合でもないのに人がそのパブにはたくさん集まっていました。
何事かが起こったように、しーん、と静まりかえっていました。
誰もが、恐ろしい顔をして。
ちらりと見えた画面では、火災の様子が見え、「ああ、どこかで火事?」と。
でも、たったそれだけで、さっさと部屋へと向かったのです。

もう7時を廻っていますし、ミサ前1時間は飲食禁止。おなかもすいている、喉も渇いている。
私はその足でキッチンに立ちました。
そこへはいってきたのが、イヴァートでした。彼女は中国人のフラットメイトで、
私の部屋と廊下を挟んで向かい側の部屋に住んでいました。
「テレサ(私の英語名)、知ってる?NYCが…NYCが…ひどいことになってるのよ!!」
「は?」と問い返す私に、彼女はこれでもかこれでもかとまくし立ててきます。
言葉がもつれたり、言い直したりしているなかから得られた情報は、

「ビルに、飛行機が落ちた」

というもの。そりゃあ、タイヘンだわ。と私もびっくり。
コトはそれだけではなかったのですがまずこの時点でそれだけの把握。
そして彼女が最後にヒトコト。
「私のフィアンセと…連絡が取れないのよ…。WTCで…働いているのよ…」
…かける言葉もありませんでした。

とりあえず作ったパスタを持って、部屋に戻り、テレビのスイッチを入れてBBCに回すと、
ニュースはそればっかりでした。
そして、その後何度も見ることになる、あのシーン。
WTCに2機目が突っ込んでいくあのシーン。

声が、出ませんでした。

なんでこんなことが起きてしまったんだろう?
なんでこんなことになっているんだろう?
事故?なんなの?なんなの?

やっと「わけがわかった」頭から、たくさんの疑問がわいてきました。
慌てていろいろなサイトを調べて色々な情報を得て、チャットで色々聞いて。
NYに住んでいる人の恐怖が伝わってくる。空を見上げては、
後何機飛んでくるの?私たちはどうなるの?と悲鳴を上げている。

とにかくなんか起きている。

その日は、私も隣のジェーンも、同じ番組を聴いているのが壁越しに聞こえ、
廊下を挟んだイヴァートの部屋からはひっきりなしに電話が鳴り、
デンマークから来ている二人の部屋からはいつも聞こえる話し声がぱたりとやんで代わりにテレビの音が。

誰もが、「何が起きている」のかを答えられるような状況になく。
同じフラットの誰もがイヴァートの悲しみを思うと何も言えず。
テレビの中の人のひとりが…もしかしたら。
もうひとつ気にかかったのが、ムスリムの友人でした。
色々な国から来ているということもあり、クラスメイトにはムスリムも当然ながらいます。
その人たちの、それからの扱い、接し方、どうしたらいいんだろう?
前のフラットメイトもムスリム。
ブッシュ大統領の演説で「クルセード(十字軍)」という単語を聴いて、耳を疑い、
いちクリスチャンである私が、ムスリムの友人たちの間に溝ができてしまうのか?
という不安もありました。

とにかく、たった半日の間に世界がぐるぐると回転してしまった。
通学路には、低所得者のために国が建てた団地があります。そこの人はほとんどがムスリム。
小さな子供も、おじいさんもおばあさんも、男の人も女の人もいます。
その人たち、どういう思いでいるんだろう?

ああ、これからどうなってしまうんだろう…。
何度も何度も映し出されるあの、映画のワンシーンのような映像を見ながら、
信じられずに、廊下の向こうから聞こえてくるイヴァートの半泣きの声を聞きながら
自分が生きているという現実に改めて思い至り。

何を考えたらよいのか分からないまま、時が経っていくのをただかんじていました。


    


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