私が住んでいたのは学生寮。でも学生のフラットでも、日本のように「日本人」だけということはなく、
むしろ多国籍。イギリス人ばかりのフラットに当たる方が珍しいくらいだった。
寮にいるのは大体が留学生か、地方から来ているイギリス人か、という感じ。
そんな中、9.11が多国籍の人が暮らしている環境に影響を及ぼさないはずがない。
私のフラットはもともと大学院生の寮だし、
偶然アジア人がほとんど、という穏やかなところだった。
でも。そうではない箇所もある。
学期が変わって、もといた寮に戻ったら、学部生の寮ということも、あるのだろうか。
つい先日まで、ついそれこそ昨日までは顔を見合わせて軽く挨拶する、
コモン・ルームででくわせば、言葉くらい交わす。
あるいは知らない人でも別にいたって何かおかしいわけではない。
いや、普通に本当に普通に暮らしていたはずだった。
なのに、突然。本当に突然それが変わっていた。
郵便物を取りに、コモン・ルームに入ったときに、びりびりとした緊張感を感じる。
そこにいたのは、ムスリムの学生ばかり。
私一人が入っただけで、彼らの空気が張り詰める。
逆のこともあった。
白人の学生がそこでテレビを何人かで見ている。
そこに入っていこうとした瞬間に全員の目がこちらを向いた。
空気が吸えなくなりそうに凍りつく。
触れたら、すっぱりと傷がつきそうなほど、どちらの時も彼らは鋭利な刃物のようだった。
私はまだ「アジアから(明らかに日本人)来た「オンナノコ」の学生」
なので、入ってきたのが私だと分かると空気が少しだけゆるくなる。
私が開けたドア越しにいるのが「自分と反対の立場の学生」だと分かって、
くるりと踵を返した学生がいたことを、忘れられない。
ふと、私は最初のフラットを思い出していた。
同じフラットに、中東系(もちろんムスリム)のイギリス人の男子学生と、
ブリティッシュの、白人の女子学生がいた。
めずらしく6人中3人が日本人、台湾人、イギリス人2人というフラットだった。
もし、あのフラットにいるときに911が起きていたら…、
あの仲の良かったフラットメイトとの間が、崩壊するのだろうか?
そんなことに、なるのだろうか…?
絶対にならない。
だって。個人個人で、話をよくしていたし、理解しあっていたし。
でも私のその「根拠のない自信」はすぐに、弱くなった。
あのコモン・ルームの有様をみたら。
彼らだって、個々人では、良い友達であったはずだ。
なのに、今は2つにばっさりと割れて睨み合っている。
時折、睨み合うだけじゃすまなくて今にもつかみかかりそうな勢いで
泡を飛ばして言い合っていることも、ある。
セキュリティのにいちゃんがあわてて止めに入ることも、あった。
郵便物を取りに行くためには、コモン・ルームを通らなければならない。
でも、反対側の陣営(今までそんなに固まっているのは見たことがなかった)が、
テレビをそこで固まって見ていると、入ってこない。
…なんつーこったい。心の中で小さくつぶやいていた。
だって…今まではそんな風にまとまったことなんてなかったのに。
なんて変なナショナリズム。いや、宗教?
だとしたら自分は?
民族・宗教・国籍…「私」
私は、自分のアイデンティティそのものが、ぐらつくのを感じた。
偶然にもそのときのフラットは
イギリス人2人 日本人私、韓国人 フランス人 ナイジェリア人
国籍で分ければこんな感じで、宗教なんて関係ないという人がほとんど。
ただし。ムスリムがひとりもいなかった。
はっきり言えば、気は楽だった。
どう言い表してよいのかさえ、分からないほどの凍りつきそうな空気。
時折、中庭に「どちらか」の学生が10人弱集まっていたり。
どちらの陣営も「交じり合う」ことが、なく「日常生活」が続いていった。